1億円貯めて、60歳で会社を辞めました。

ただのサラリーマンが、投資抜きで1億円を貯め、60歳で早期リタイアできたわけ。

私作る人、僕片付ける人

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 共働きと家事の話に戻ります。
 私が担当していた家事のうち、妻の負担を一番軽くしたのが、食後の片付けと掃除だそうです。


 掃除の方は後ほど触れるとして、何しろ、前に説明したように、食事の支度には、手間と時間がかかります。


 ストレスと空腹を抱えて、疲れて仕事から帰ってきたと思うと、毎日毎日、食事を作らなければならない。
 何とか作って、食べて飲んで、やっと落ち着いたところへ、さらに、片付けをしなければという大仕事が残っていると思うだけで、ガックリくるそうです。


 買ってきた惣菜を、そのまま出してもいいかという論争の話を、2021-12-02の記事に書きましたが、うちでもこんなことがありました。

 刺身を買ってきた妻に、「スーパーのトレイのまま、食卓に出してもいい?」と尋ねられたのです。
 それはあまりに味気ないので、「お皿に並べてくれると嬉しい。お皿は僕が洗うから」と答えたのを、今でも覚えています。


 片付けのことまで考えると、料理する人は、思いどおりの仕事ができません。
 食事の片付けというのは、本当に面倒な仕事ですが、誰かがやらなければならない以上、料理を作る人とは別の人間がやるべきだと思います。

 

 かつて、「私作る人、僕食べる人」という、顰蹙もののCMがありました。

ja.wikipedia.org この言い方をするなら、「私作る人、僕片付ける人」となるべきでしょう。

コロナ禍と同じ生活をしたいですか?

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 本記事で主張してきたように、2千万円問題の本質は、「2千万円ないと飢え死にするよ」というのではありません。


 問題は、「今後、厚生年金でさえ、最低限度の衣食を保障する程度のものしか、あげられませんよ」というところにあります。
 つまり、生活必要経費以外にかかるお金は、年金をあてにせず、自力で何とかしなさいと言われているのです。


 生活必要経費以外とは、旅行や観劇、外食、宴会、趣味などの、「娯楽活動」にかかるお金です。
 そのお金が、平均すると月に5.6万円、定年後30年生きるとして、2千万円。
 2千万円問題とは、ここから来ています。


 だから、娯楽活動を全くしないで生活できるということなら、2千万円問題は考える必要はありません。
 極端な話、住むところと年金さえあれば、貯金をする必要もないのです。


 では、娯楽活動の全くない生活というのは、どんなものでしょう。
 旅行にも外食にも行けず、お金がかかるから人とも会えない、辛うじて電化製品などを買って、家でTVやネットで暇を潰すという毎日。


 それはまさに、今回のコロナ禍での生活ではないでしょうか。
 ウイルスと金欠病という、原因の違いはありますが、外に出てお金を使えなかったのは同じです。


 外食にも旅行にも行けず、近くの友だちにも、同居している以外の家族にさえ会えず、殆ど楽しみがありませんでした。
 食べていけさえすれば、金のかかる娯楽など必要ないと思っていても、コロナ禍を1年以上経験してみると、考えが変わったのではないでしょうか。


 それでも、コロナ禍が終わりさえすれば、出かけて楽しめると思っていたからこそ、この砂を噛むような生活にも耐えられました。
 老後に娯楽活動ができないというのは、そんな生活が、一生続くということです。


 それが嫌なら、働き続けるか、お金を貯めるしかないのです。


 評論家や、ファイナンシャルプランナーの方たちは、恐らくそんなことは、百も承知でしょう。
 わかっていながら、わざと危機感を煽ったり、逆に慰めたりしています。
 こうして、問題を鎮静化させないようにして、自分の仕事を増やしているわけです。

えっ! コロナのおかげで、2千万円問題が解決したって?

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 共働きと男の家事について、もう少し、詳しく語るつもりでした。

 ですが、下の記事を見て、つい書かずにはいられなくなってしまいました。

gendai.ismedia.jp コロナ禍によって、高齢者がお金を使わなくなったために、家計から月5万円の赤字が消えたそうです。

 これによって、老後の家計が黒字になったため、2千万円の貯金も必要なくなったと言っています。

 しかも、今後もコロナを恐れて、高齢者は、ますますお金を使わなくなるため、不足がなくなるそうです。

 65歳を過ぎて70歳まで働けるようになることから、今後も、心配ないかのようなスタンスです。


 もっと過激なのは、しばらく前に出た、こちらの記事です。

 元々、2千万円問題なんてものは存在しなかったというのです。

president.jp

 政府は、少し余裕のある生活には、毎月26万円が必要と試算していました。

 ですが、年金の平均は20万円に過ぎません。

 だとすると、月々5.6万円が不足します。

 これが30年間で2千万円になるというのが、2千万円問題でした。

 ですが、著者によれば、26万円というのは、2千万円も貯金を持っている、贅沢な年寄りが使っている金額だというのです。

 節約すれば、20万円で充分暮らせるというのが、著者の主張です。

 ちなみに、別記事では、「夫婦の毎月の食費は、3万5千円でやっていける」と言ってのけた方です。

 

 どちらの記事も、2千万円問題というのは、統計から出てくる数字だけの問題だという言い分です。

 論拠として、去年の家計が黒字になったことを挙げています。


 ですが、コロナという異常な状況が、今後も続くという根拠は、全くありません。

 自粛や消費控えという、2,3年間のデータに基づいて、将来の貯金や生活設計を、決めてしまってもいいのでしょうか。


(この項、続きます)

 

我が家の家事分担は、こんなふうだった(一部脚色有り?)

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 さて、食事の支度の大半を妻にお願いしている一方で、私がやっていたのは、その他大半の家事だと書きました。
 ですが、やったやったと、偉そうにしているけれど、こいつは本当に、言うほど家事をやっていたのかという疑問もあるかと思います。

 

 特に現代は、名もない家事というのが、話題になっています。
 いくら夫が、家事をやっているとアピールしても、その隙間のちょっとした準備や片付けは、実際には妻の担当だったということもままあるようです。


 具体的に、共働き時代の、朝起きてからの私の行動はというと、こんな感じです。


【平日】
・朝刊を取りに行く。
(朝食は、妻の作ってくれたものを食べる。)
・食器を片付け、ブラシで軽く汚れを落とし、水を溜めた洗い桶に入れておく。
・食卓を布巾がけし、部屋に軽くモップか掃除機をかける。
・ゴミ出し
(出勤-帰宅)
・風呂掃除
(妻が帰宅、夕食を作る)
・食器を片付け、昼と夜の分をまとめて洗う。
・翌日のゴミ出しの用意。


【休日】
・洗濯(取り入れまで)
・部屋などの、本格的な掃除
・トイレ掃除


 昔のことを、記憶に基づいて書いているので、多少の間違いはあると思います。
 もしかして、妻がやっていたことを、一部、自分がやっていたように誇張しているかもしれません。


 まあ、それでも、我が家はこれで、うまくやっていました。
 私は、ご飯作りを妻に任せて悪いなあと思い、妻は、何もかもやってもらって申し訳ないなあと思っていたようです。


 家事分担がうまくいくコツは、夫婦によって色々とあるでしょうが、大事なことは、次の2つかなあと思います。


1)どちらにも不公平感がないように、質・量を調整する。
2)お互いに、得意なものを分担すればいいが、いざというとき(相手が病気になったときなど)のために、相手の担当していることも、最低限はできるようにしておく。


 会社に勤めている人はわかると思いますが、1)は仕事の平準化、2)はいざというときのリスク管理です。
 せっかく、会社で色々苦労をしているのですから、学んだことを生かさないと、もったいない気がします。

お礼も言えない男は……

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 うちの母親は、食事を作ってもらったら、「必ず美味しかった、有り難うと言いなさい」と、口を酸っぱくして言っていました。
 どうも、うちの父親は、作ってもらっても何も言わなかったらしく、それが腹に据えかねていたようです。


 父親は父親で、私に、「幸せなら態度で示しなさい」と言っていたのですが、夫婦の間では話が違ったのでしょうか。
 実家にいたのは高校までで、男の子のことですから、母親には、殆ど礼は言いませんでしたが、その教えは、結婚してから役に立ちました。


 結婚してからは、妻がご飯を作ってくれるたびに、礼を言うようにしています。

 できたときに、「いい匂い、美味しそうだ」とか、
 食べている最中も、「これ美味しい、どうやって作ったの」とか、
 食べ終わった後は、「御馳走様、美味しかった」とか、色々と工夫してやっています。


 実際、うちの妻は食べることが好きな分、料理も上手なほうだと思います(他を知らないので、厳密な比較はできませんが…)。
 ちなみに、たまに私が作るときは、妻はお礼はもちろん、「味噌汁はあなたの方が上手になったね」などと褒めてくれます。
 半分お世辞だとわかっていても、嬉しいもので、また作ろうという気になります。


 毎回言っていると、言葉がインフレを起こして、値打ちがなくなるのではないかという意見もあるようですが、そんなことはありません。
 我が家では、料理のときだけでなく、掃除、ゴミ捨て、洗濯、相手が家事を何かしてくれるたびに、お礼の言葉が飛び交っています。


 また、本心から感謝をしていなくても、相手に感謝する態度を取っているうちに、自分の気持ちが、変わってくることもあります。


 家族の間で、お礼を言うのは他人行儀だと言う人もいますが、言わないと、絶対に感謝の気持ちはわかってもらえません。
 会社でも、ちょっとした仕事を誰かのためにやってあげたとき、礼を言われて嬉しくないはずはないですし、逆に何も言われなかったら、いい気分はしないはずです。


 お礼を言わないからといって、気分を害しないのは、自分を産んでくれた母親だけです。
 妻は、母親ではありません。


 家族であれ、どんな関係であれ、一度、感情を害したら、立て直すのは大変です。
「お早よう」とか「お寝みなさい」といった挨拶が大事なように、家族でも、感謝の言葉は必要です。


 また、感謝や挨拶を、言い慣れていない人は、他の人にも忘れがちです。
 稀に、外面だけはすごくいいというDV夫もいるようですが、大抵の人は、家の中での態度が、外でも出ます。
 逆に、店員さんに対する態度は、結婚後の相手への態度を暗示しているという話も聞きます。


 家の中で言い慣れることで、社会での好感度を上げるトレーニングにもなると思って、試しに感謝の言葉を使ってみてはどうでしょうか。


 お気に入りのマンガ、OL進化論の31巻の35頁に、共働きの花ムコ養成講座というネタがあります。
 講師の男性が、生徒たちに向かって、「いつもありがとう」といった、相手への感謝を唱える練習をさせるものです。 それが言えなくて、離婚されてしまう男が多いというのが、講師の言い分になっています。


 次のコマからは、「ごめんね、君に頼ってばかりで」とか「何か手伝おうか」とか唱えさせているように、妻だけが家事をしていることが前提なので、あまりいい夫ではないですが、それでも、何も言わないよりは、余程ましだと思います。

食事の支度が、一番大変

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 家事について、偉そうに書いてきましたが、私もそれほど、家事をしているわけではありません。


 家事の中で、一番負担が大きなものは、やはり食事の支度になると思います。
 自分が得意でないから、余計にそう思うのかもしれませんが、個人的な印象では、食事の支度が6から7割、その他が2割から3割くらいといったところでしょうか。


 新婚当時は、私も手伝いをしたり、休日には作ってみたりもしましたが、様々な事情から、結局、食事の支度は、妻の担当になってしまいました。
 私は、その他の家事の大半を受け持つことになりましたが、いつも、一番大変なところを任せて申し訳ないなあという思いがありました。


 何しろ、一口に食事の支度といっても、様々な工程が含まれています。
 料理をするという言葉から思い浮かぶ、実際の調理は、一部分に過ぎません。


 まずは、献立を考えるところから始まります。
 これが、一番大変かもしれません。


 よく、ドラマやマンガで、奥さんが旦那さんに「今日の晩ごはん、何がいい?」と聞いているシーンがあります。
 1週間ほど、続けてやってみればわかりますが、限られたレパートリーの中で、何を作るかを毎日考えるのは、本当に大変なのです。


 相手の好み・過去に食べた食事・手元にある材料・栄養などに基づき、限られた時間と予算内で、献立を考えなければなりません。


 海外では、民族料理というような地元のメニュー以外は、あまり食卓に出てこないようです。
 選択肢があまりないだけに、迷うことも少ないように思います。


 ところが、日本では、和・洋・中華・その他と、世界中の料理が選択肢にあります。
 食べる方も、口が肥えていて、同じものを作っていては、あっという間に飽きられてしまいます。


 やっと献立を考えたら、次に在庫を確認して、不足している材料があれば、調達しなければなりません。
 世の中には、レシピがあふれていますが、正直言って、工夫をこらした複雑なものが多過ぎます。


 例えば、以前に冷凍庫にあったスペアリブを焼こうとして、ネットでレシピを見たら、たれに「ハチミツ」を使うとありました。
 そんなものは、我が家にはありません。

 次にいつ使うかわからないですから、わざわざ買うのもはばかられます。


 歴戦の強者なら、ハチミツがなければ、他のもので代用するところですが、たまに料理をする人間には、それだけで、もうどうしていいか、わからなくなります。
 結局、そのときはスペアリブを諦め、他のメニューを作ったのを覚えています。


 材料が揃ったら、やっと、次は切ったり焼いたり煮たりの調理となります。
 このとき、手順を間違えると、味噌汁を煮立たせてしまったり、焼いた肉が冷めてしまったりと、結構悲惨なことになります。


 最後が盛りつけです。
 せっかく美味しくできた料理でも、盛りつけが下手だと、味まで落ちるように感じてしまいます。
 以前、買ってきた惣菜をそのまま出すのが料理と言えるか、という論争がありましたが、逆に言えば、惣菜であろうと何であろうと、一手間かければ美味しく味わえることも確かです。


 食事の支度というものがいかに大変か、私のつたない説明で、少しでもわかっていただけたら幸いです。

男も家事をするのが当然

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 これまで、預金を増やす第1の手段として、天引き預金を、紹介してきました。
 ですが、サラリーマンの生涯賃金が2億と言われているのに、天引きだけでは、とても1億円を貯めることはできません。


 投資に走る人もいますが、私はその道は取りませんでした。
 損をするのが、嫌だったからです。


 投資に関する私の考えは、別の機会に書くとして、ここからは、預金を増やすための第2の手段である、「共稼ぎ」について、説明していきましょう。


 前にも書きましたが、我が家は二人とも、フルタイムで働いてきました。
 共働きを続けるために、夫がまずすべきこととは、何でしょうか。
 それは、「妻と同じように、家事をすること」です。


 今でこそ、共働きで夫が家事をするのは、当たり前になっていますが、昔はそうではありませんでした。
 私たちより上の人は、「家族の面倒をみるのが疎かになるようなら、妻は働いてはいけない」と考えていました。


 つまり、お互いフルタイムで働いても、男は全く家事をしなくてよく、家事をするのは、女だけの義務だということです。


 そして私自身も、母親が専業主婦だったこともあり、就職したばかりの頃は、そもそも女性が一生働くものだと思ってもいませんでした。
 何しろ、私も含め、妻に共働きさせるのは、男の甲斐性がないからだというのが、世の中の雰囲気だったのです。


 総合職の女性というのが殆ど存在せず、女性の仕事はあくまでも男の補助であって、大した仕事はしていないと、決めつけられていた時代でした。
 女性は、残業をしてはいけないという会社もあったほどです。
 だったら、家事くらいはできるだろうという論理でした。


 実際は、総合職であろうと一般職であろうと、懸命に働かなければならないのは、男女を問いません。
 加えて、いくら残業がなくても、家事をすべて一人でこなすのは、どう考えても無理です。


 男たちにそれがわからなかったのは、それだけ周囲に共働きの人がおらず、自分でやったことのない家事が、どれほど面倒なものかも、わかっていなかったからでした。

 加えて、女は家事が好きだという、思い込みもあったのでしょう。